百姓貴族の最新刊を読んだので、酪農家だった頃の話をします

2020/02/28

こんにちは、シンヤです!
今回は、僕が酪農家だった頃のお話をしたいと思います!

まず、僕の経歴はかなり特殊だと思います。

デザイナーの専門学校は出たけど、その後新卒で就職はせず、工場の派遣とか印刷会社のアルバイトとか、転々と仕事をしていました。

23歳の時に、地元の制作会社に就職して、そこで2年ぐらい働いたけど、その後何を血迷ったのか、酪農家に転身。

3年ぐらい働いた後に、またデザイナーに戻って、それから5年ぐらいずっとデザイナーをしているという経歴をしています。

今回は、そんな僕が

  • 何故デザイナーから酪農家になったのか
  • 酪農はどんな仕事だったのか
  • 当時の生活(北海道)はどんなだったか

をお話しします。

酪農家になったきっかけは、「鋼の錬金術師」

突然ですが僕は、昔も今でも「鋼の錬金術師」が好きです。

そして作者の「荒川弘」先生は、実家が酪農と畑作をやられているので、「百姓貴族」という農業エッセイ漫画を描いています。この本に感銘を受けて、僕は酪農家になりました。

「ハガレン好き!」→「百姓貴族も見てみた」→「酪農面白そうだからやってみるか!」という流れですね。

北海道移民になる

そんなこんなで、「酪農の仕事やりたい!」と思って、求人を探して応募しました。

農家のお仕事ナビってサイトで求人を探したのですが、応募をしたのは8年ぐらい前なのですが、まだあった!

地元に住みながら北海道に面接に行くのは無理なので、電話一本で採用が決まりました。
普通こんな素早く決まる事はないのですが、どこの農家も北海道で人を取る場合本州から取ることが多いので、今なら遠隔でWeb面接をするみたいな事は、ある気がします。

僕が移住したのは、「猿払村」という場所。
日本最北端の村で、稚内がすぐ近くにある場所。
日本一所得が多い村らしいけど、ホタテ業者は確かに稼ぎがいいけど、僕がやっていたのは「畜産」なので、そんなに所得は上がりませんでした。
でもご飯は食べさせてもらってて、食費にお金を使わなかったので、貯金自体は出来ました。

一日のスケジュール

そんな僕の、酪農家時代の一日のスケジュールは、大体こんな感じだったと思います。

  • 5:30~9:00:牛の世話
  • 9:00~15:30:飯と休憩
  • 15:30~19:00:牛の世話

牛の世話は主に「除糞」「餌作り」「搾乳」の3つで、他にも「受精」「出産」がある時もあります。
冬は「除雪」、夏は「牧草作り」があるので、11:00〜13:00ぐらいまで、追加で作業する時もあります。
その他吹雪で牛舎が壊れたら、直したりもしていました。

農家は休みがないので、これをほぼ3年間毎日やっていました。

家の中に牛舎があるので、通勤時間はほぼ0です。

次は、酪農家の仕事を深掘りして、お話ししていきたいと思います。

酪農家のお仕事

除糞

酪農の仕事は、一緒に働いていた社長(親方と言っていました。以下「親方」で統一)曰く、「ウ◯コとの戦いが8割」なので、仕事はほぼこいつの作業具合で決まってきます。

酪農って、多分「ハイジみたいな放牧しているイメージ」を持っている人が多いと思うのですが、実際は「放牧」をしている農家は、ほとんどいません。 何故ならば、

  • 難易度高い
  • 土地を有効活用できない
  • 労働力の割に旨味が少ない

「フリーストール」と言って、要は「牛舎」なのですが、牛舎で牛を飼った方が、効率がいいし楽です。放牧でも牛舎でも、乳量はそれほど変わりません。
なら、放牧して一々牛を集めて搾乳するより、一箇所に集めて搾乳した方が、効率的です。
北海道は、熊とかアライグマとかハクビシンとかの害獣が多いので、放牧していると、害獣の被害に遭う機会も増えます。

少し話が横道にそれましたが、放牧してないとどうしても、「ウ◯コを除去する作業」が発生します。
牛はトイレを覚えないので、フリーストールならまず一日の作業の始まりは、「除糞」から始まります。

奥にあるのが、「フリーストール」
育成中の牛達。後ろの茶色いのは、全部「ウ◯コ」です

餌作り

牛の餌って、牧草そのままを与えるのではなく、農業用のとうもろこしとか栄養を、水と一緒に混ぜた餌を与えます。

農業用のとうもろこしを「デントコーン」と言います。不味いけど、栄養はあるので、動物に食べさせる為に作られる、とうもろこしですね。
デントコーンとか、牛用の栄養を混ぜた肥料を、水と牧草を一緒に混ぜながら作ります。

そういった「牛用の餌」は生物なので、作り置きできず、毎日必ずその日に作って、牛達に与えます。

餌を食べている牛達

搾乳

餌作りと除糞が終わったら、フリーストールに繋がれている搾乳スペースを使って、乳を搾ります。

搾乳スペースを、「パーラー(ミルキングパーラー)」と言います。
意外と、ここでやる仕事は少ないです。「乳を絞るだけ」ですので。

ただ、「乳房炎」を治療中の牛がいる場合は、神経を超使いました。
抗生物質を投与しながら搾乳して、間違って治療中の乳を搾乳すると、抗生物質が混ざってしまうので、そういう「薬品入りの牛乳」を出荷させてしまったら、1000万円の損害金を払わないといけません。

今は「搾乳ロボット」があって、ロボットは「乳房炎」の乳を識別出来るので、楽だと思います。

ミルキングパーラー

受精

牛はいずれ役目を終えるので、後世に遺伝子を伝える為に、子供を残さないといけません。

雄牛のカタログがあって、それぞれ「パラメーター」が割り振られていて、子供を産んだ場合、より「パラメーター」が高い牛を産ませるのも、酪農家の仕事となります。

「授精師」という資格を持った人達がいて、その専門の資格を持った人達が、雄牛の「種」をぶち込んで、「受精完了」となります。
自然受精も中にはあるけど、費用がかかるしそれほど違いはないので、「授精師」の人に頼んで、冷凍保存した雄牛の種を、雌牛に打ち込むの事が多いです。

出産・仔牛の世話

出産は、勝手に生まれることもあれば、難産の場合もあります。
難産の場合は、仔牛の足に紐をつけて、引きずり出します。

生まれた牛が雌なら、自分たちの牛舎で育てます。
雄牛の場合は、肉牛になるので売られます。

約2年ぐらい育てて、育て切ったら子供を産ませて、乳牛として活躍してもらいます。

牛の出荷

役目を終えた牛達は、肉になるために「出荷」されます。

可哀想と思われるかもしれませんが、大体の牛は足の故障や病気になって、亡くなってしまう事が多いので、意外と最後まで役目を終える牛は少ないです。
そういう意味で、長く生きて生涯ずっと乳牛として頑張ってくれたので、幸せだと思います。

出荷される牛

大体このような仕事を延々とやっていました。
季節によっては、牧草を育てたり、除雪をしたり、牛舎が壊れた場合は自分たちで直していました。

北海道でどんな生活をしていたか

ツーリング

とりあえず何にもない村だったので、娯楽らしいことはほとんどできず、昼休みはバイクでツーリングしていました。

料理

ご飯は食べさせてもらってて、食材はいつも冷蔵庫にあったので、時間潰しのために料理を作っていました。
これが結構ハマりました。大体一通りのものは、何でも作りました。

魚の解体

海が近いので、稚内に行けば大体どんな魚でも、安く大量に仕入れる事ができました。
親方に魚の捌き方を教えてもらったので、暇潰しに魚を捌いて、捌き方をCookpadに公開したりしていました。
魚の捌き方
イカの捌き方

猫と遊ぶ

牛舎にはよく「野良猫」がやってきます。多分暖かいから、冬を越すために棲むのでしょうね。
たまに子猫が生まれている時もあったので、世話をよく見ていました。

北海道生活で学んだ、理想と現実

ハイジみたいなことはない

ハイジは「フィクション」なので、畜産の仕事はあんなまったりしていないです。
牧草ベッドも作ってみたのですが、牧草は硬いので、チクチクして痛いだけのベッドでした。

アライグマは「立派な害獣」

日本では「ラスカル」のイメージがあって、アライグマって結構可愛いって思われる方が多いですが、アライグマは超凶暴です。
手先も器用で檻に入れても鍵を手で開けるので、捕まえるのも一苦労。

外来種で、原産国のアメリカでは「狼」「ピューマ」等の天敵がいるので、うまく生態系のバランスが保たれています。
日本にはアライグマの天敵がいないので、一夫多妻制で多産性のアライグマは、無制限に繁殖していきます。

アライグマは、今は港区にも出ます。

鹿も害獣

鹿(エゾシカ)も、北海道では「立派な害獣」です。

野菜は食い荒らす、牧草は食い荒らす、道路に飛び出して交通事故を引き起こします。
狩猟許可をもらってれば、狩って毛皮を売ったり、美味い鹿肉を食べれますけど(モンハンみたいに)😄

子連れの鹿は気性が荒いので、出会うとツノに突き刺されて殺される事もあります。
一度、牛舎の牧草を食べに来ていた鹿と目があった時があって、「もしかしたらここで死ぬかも・・・」と思った事がありました(その鹿は僕をみて逃げていきました)

北海道の川は泳げない

北海道の川は泳げません。何故ならば、

  • 川底が底無し沼みたいになっている
  • 寄生虫(エキノコックス)がいる

本州から来た人が、そのことを知らず川で泳いで死んでしまうという事があります。

野外のキャンプは自殺行為

ツーリングしてると、本州から来たバイク乗りや、珍しい魚を釣るために来ている釣り人が、野外でキャンプしているのを見る事があるのですが、死にたいのかな?と思っていました。
何故ならば、北海道ってヒグマが出るので、夜寝ている間に熊に襲われる可能性があるからです。

北海道民で、野外でキャンプする人はいません。

過去を振り返ってみて、改めて恵まれていると考え出す

酪農時代を振り返ったのは、百姓貴族を読んだからですが、もう一つ、「最近暗いニュースや疲れている人が多いな」と思ったので、命と向き合って仕事をしていた、酪農時代を思い出したかったというのもあります。

今世間は、

  • コロナウイルス
  • 増税でGDP下がる
  • 日本は後進国になって世界から見ても遅れている

それ以外にも、東京って、

  • 満員電車
  • 疲れている人多そう
  • 他人に無関心

みたいな、人も物も経済も、全体的に暗くなっている気がします。
一度電車でベビーカーを蹴っている人を見たのですが、「思いやりなさすぎだろ。ありえない」と思いました。

僕らって生きる自由が保障されていて、生き方を自分で選択できるのに、何でこんな息苦しく生活しているのだろう?と思います。
酪農は、「命を育む仕事」であると同時に、「命を頂く仕事」「命を奪う仕事」でもあります。
人間が生きていくために、死んでいく命や、生まれた日が悪くて凍傷で死んでしまった仔牛というのも、日常の中で見てきました。

そんなこんなで、個人的に今暗く重い気持ちになっているので、「生きているって素晴らしい!」と肌で感じていた酪農の仕事を、この機会に一度思い起こしてみたかったのです。